私の「ふつう」とあなたの「ふつう」は違う?押しつけにならないために。

  • 更新 | 2020.02.19 公開

ももてぃぶ

ふつう?ってなんだろう。

例えば、初めての人に会ったら挨拶するのが「ふつう」、ご飯は箸を使って食べるのが「ふつう」。

しかし、これがどんどんエスカレートしていくと、私がLINEを送ったら5分以内に返信するのが「ふつう」、奥様は旦那のために料理を作るのが「ふつう」。

「ふつう」が「ふつう」じゃなくなっていきます。

「ふつう」を、Wikipediaさんで調べてみると、こんな意味だと書かれています。

普通(ふつう)とは、広く通用する状態のこと。普通の『普』は、「あまねく」「広く」を意味する字である。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』普通

「ふつう」の意味を改めて見てみると、正直ちょっと分からないですね…。

もう少し単純にすると常識という言葉がふさわしいかもしれません。

常識(じょうしき)は、社会を構成する者が有していて当たり前のものとなっている、社会的な価値観、知識、判断力のこと。[要出典]また、客観的に見て当たり前と思われる行為、その他物事のこと。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』常識

常識の意味だと「当たり前」という言葉が使われています。

「ふつう」「常識」ときて、「当たり前」という言葉だと分かりやすくなりました。

この「当たり前」は、自分だと当然だと思っていることや、小さい頃からの習慣が大人になっても抜けないことが該当すると思います。

自分は当然だと思っている事や、小さい頃からの習慣を改めて考えてみると、その人だけの考えだったり、その家族だけのマイルールの場合がとても多いです。

つまり、誰もが違う”当たり前=常識=ふつう”を持っているため、自分自身が思っている「ふつう」と他人が思っている「ふつう」には、必ず違いがでてくる。

人間誰もが狭い範囲、自分の身近な周りしか見渡すことができないため、他人の「ふつう」を自分の「ふつう」だと思いやすく、衝突が起きてしまいます。

会社に出社したときの挨拶を例に「ふつう」の違いについて見てみたいと思います。

Aさんは朝の挨拶の声が大きい
→体育会系の部活に入っていた、営業経験がある、家族とも仲がいい。

Bさんは朝の挨拶の声が小さい
→帰宅部、内勤の仕事をずっとしてた、家族と仲が悪く話さない。

例えば、Aさんは朝の挨拶が気持ちのイイ仕事の始まりだと思っているのに、Bさんの声は毎回小さいので、自分の「ふつう」と相手の「ふつう」が違うことでイライラが増えていく。

一般的な常識、会社の独自ルールなどはありますが、みんながみんなそのことを理解していたり、知っているわけではありません。

育ってきた境遇も違う、学んできた知識も違う、それによって生み出される意識も違う。

そもそも自分と他人は違うので「ふつうはさ~」という発言自体、ありえない話なのかもしれません。

自分が「ふつう」だと思っていることを、相手も「ふつう」だと思っているのは、相手のことをきちんと見れていない証拠。

日本では協調性や一致団結という、みんなが同じであることを美徳だと考える風習があるように思えます。

確かに良いことだと思いますが、その協調性や一致団結という言葉を隠れみのにして、力ある人の「ふつう」をみんなにも押し付けている状態。

もし、その「ふつう」から外れてしまった人は仲間に入れてもらえず、悲しい想いをしてしまう。

私自身も、何かものごとを考え判断する時には、まず自分の経験や知識、つまり自分の中の「ふつう」によって判断してしまう事が多いです。

自分の「ふつう」を無くせればいいのですが、それが無くなるということは、今まで積み重ねてきた時間も一緒に失われてしまう。

自分の「ふつう」を無くすのではなく、相手の「ふつう」を考えた上で自分の「ふつう」に照らし合わせてみる。

これで幸せになれそうな気がしています。